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未来人さま ~100年に一度の大変化に直面して~

 未来人さん、岩坊ペースにあわせていただいてありがとうございます。

 いよいよ本題に入ろうと思うのですが、この間に起きたアメリカ発の金融危機の問題と黒人初のアメリカ大統領の誕生というニュースが、あまりにも大きな出来事なので、『21世紀の国富論』が刊行された時点とは、受け取る側の状況があまりにも変わってしまいました。

 かといって『21世紀の国富論』に書かれていることに修正や加筆を求める必要があるわけではなく、むしろその指摘の正しさが証明されたり、予測された変化が若干早まっているだけのことなのですが、この変化はとても見過ごせるレベルのことではないので、どうしてもこのことから話をすすめなければならないと思います。

 本来は、なんとか以下の三つの切り込み口ではじめに取り上げておきたいのですが、今回は最初の1点にとどめておきます。
 三つのことというのは、まずは今回のオバマ大統領誕生の衝撃のこと。第二は、アメリカ発の未曽有の金融危機のこと。第三は、これらと出来事と関わって『21世紀の国富論』というタイトルが誤解を生みやすかった背景として、社会的な「富」の蓄積とはどのようなことなのか、「国富論」という言葉が持つ古いイメージとの対比のことを書いておきたかったのですが、それはこれからの話の展開如何にゆだねることにしましょう。
 
 でも、この50年に一度とも、100年に一度ともいわれる大きな変化をどうとらえるかこそ、この往復書簡のおそらく重要なテーマのひとつでもあると考えられるので、本書の話題に入る前に、どうしても基調のイメージの話をしておきたくなってしまうのです。

 とりあえずオバマ大統領誕生の話ですが、わたしはこのことを思うと、つくづくブッシュには感謝しなければいけないと思ってしまいます。
 かつてブッシュとゴアが大統領選を争ったとき、わたしたちのまわりのどれだけの人がブッシュの当選を予想したでしょうか。あのとき、多くの人はブッシュ政権の誕生を「まさか!」の驚きとともに迎え、同時に、ふだん表には出てこない声なき保守層の力の大きさをあらためて思い知りました。
 (今回のオバマ当選も、これまで表には出てこなかった黒人層の投票が大きく左右しました。)

 でも、もしあの時、私たちの予想どうりゴアが大統領になっていたならば、今回のような劇的な変化は起こらず、まだアメリカは延命策の途上にあったかもしれません。
 そればかりか、おそらく今回のオバマ大統領誕生の伏線は敷かれていなかったことも想像されます。

 ブッシュ政権が予想どうり暴走をはじめたとき、「まさか!」の驚きでブッシュ政権を迎え入れたひとたちは、すぐに現状を変えようとはせず、おそらく、どうか行くところまで行ってくれと願いながら、ひたすら黙って傍観しつづけていました。

 そうした意味で、今起きている大変化は、たくさんの不安をもたらしていますが、変化の流れからすると、期待どおりの展開を見せているのだともいえるのかもしれません。

 ただ、オバマ大統領がこの未曽有の危機に対してどのような施策を出していけるのかはまだまったく見えないので、もしかすると見かけの積極策がゴアが大統領になった場合を予測した例のように、現在の深刻な危機と歴史の転換を薄めて延命させる方向にばかりはたらくことになることも十分ありうると思います。

 でも、それにもかかわらず今回の大統領選挙は、アメリカの二大政党政治というものが日本とは違ってとてもうまく機能していることを感じさせるものでした。それと同時に、あれだけ莫大なエネルギーとお金を費やしても、国民の基層の意識というものはそれほど変わるわけではなく、表に出てくる部分がどういったものが主導権をとっているか、ほんの僅かな差にすぎない場合がとても多いということもわたしたちに見せてくれました。

 私には、木の枝にロープをたらしてつくったブランコがイメージされるのですが、政治の意思の力で一生懸命、前に後ろにブランコをこいで、その力でなんとか木の幹本体も1センチでも前に進まないかと努力するのですが、前に力強く漕いだときはその枝から幹を伝って後ろ側にある根っこが懸命に前に倒れるのを堪えようとする。
 後ろに力強く漕いだときは、前の根っこが懸命に逆に木が倒れるのをこらえて支えようとする。

 ブッシュが大統領に当選したときも、オバマが今回当選したときも、この普段は地上にあらわれ姿を見せることのない、地中の根の部分が、地上での派手な争い以上に大きく勝敗をわける要因になっていたのを感じるのです。

 北側に伸びている根っこがはたしてどのくらい深く広く伸びているのか、南側に伸びている根っこがどのくらい深く広く伸びているのか、これも地上からはわかりません。
 わたしたちは、それが見えないばかりに、つい意識的な人々の活動や先進的といわれる一部の人々のイニシアで、全体が思いどおりの方向に簡単に進むかのように思いがちですが、地上部分がどちらに傾こうが、さらにはたとえ幹全体が枯れ果てようが、
この地下深く広がっている根っこさえしっかりとしていれば、いかなる危機が訪れようとも、生命は必ず再生することができるものです。

 ブランコはいくら力を込めてこいだところで、それを支える木の幹自体は決して、前にも後ろにも進むわけではない。
 わたしたちは、前に進まなければ進歩ではないかの思いにとらわれがちですが、たしかな生命力のためには、誰が何と言おうがこの地中に深く広がった根っここそが、全体を規定しているのだということを、最近の世の中の出来事は見せつけてくれているように感じられます。

 これからの時代のめまぐるしい技術革新を伴った進歩というのも、この根っこの方向に向かってこそ生命を得てくるものだと思わずにはいられません。
 原丈人さんが『21世紀の国富論』のなかで書いている様々な具体的提起も、最先端の技術や資本を活用しながらも、この根っこの方向に向かっているからこそ、わたしたちには小気味よく感じられるのではないかと思うのです。

 金融危機の問題も、グローバル資本主義という範囲にとどまらず、人間社会の経済活動の一現象としてとらえたとき、50年、100年に一度の大変化どころか、人間社会にとって有史以来の大きな転換の流れが見え隠れしている気すらしてきます。

 次回にその話題に流れられるか、ちょっと心配なことが今、わたしのところで起きてしまいましたが、今日はここまでにしておきます。

   
   本日、このブログに関連した別件で
      人生の岐路に立たされたかみつけ岩坊より

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